1716年に奈良市で創業した株式会社中川政七商店(以下、中川政七商店)は、“日本の工芸”に根差した生活雑貨の製造小売企業です。2021年にLINE公式アカウントの本格的運用を開始し、メルマガと併用しながらユーザーとのコミュニケーションを強化してきました。
2022年にはLINEミニアプリを活用したデジタル会員証を導入し、ユーザー接点を拡充。その基盤の上で、独自のブランディングツール「MONJU(モンジュ)」を活用し、クラスタリングに基づく最適なコミュニケーションを展開しています。その取り組みや成果について、同社経営企画室の中田勇樹氏に話を聞きました。
- メルマガに代わる効果的な接点をつくり、ユーザーとの関係性を深めたい
- 店舗とECをつなぐシームレスな購買体験を実現したい
- ユーザーが気軽に会員登録できる環境を整えたい
- マーケティングの効率化を進め、ビジョン実現への注力時間を確保したい
- 2021年にLINE公式アカウントを開設し、メルマガと役割分担しながら運用
- 2022年にLINEミニアプリのデジタル会員証を導入し、店舗とECの接点を統合
- LINEミニアプリの会員証導入後、会員登録率は3倍に
- LINE公式アカウントの友だち数はメルマガを超す45万人に
- LINE公式アカウント経由の売り上げは8倍に(2021年と比較)
- メッセージ配信経由のEC購買ROASは平均665%(前年比+79.4%)
LINE公式アカウント経由のEC売り上げが4年で8倍に成長
1716年に麻織物の卸問屋として創業した中川政七商店は、現在、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、日本の工芸に根差した生活雑貨を取り扱っています。商品数は5000点近くにものぼり、全国約60の直営店と自社ECサイトで展開。独自の造語である「接心好感」(せっしんこうかん)を接客のポリシーに掲げ、「お客様の心に接し、心地よいブランド体験を提供すること」を何より大切にしています。
一方でマーケティング面では、メルマガの開封率の低さが課題となっており、ユーザーとの接点をより効果的に設計する必要性が高まっていました。こうした背景から、2021年に本格的にLINE公式アカウントの運用を開始し、以後はメルマガと併用しながら、コミュニケーションを展開。さらに2022年6月にはLINEミニアプリを活用したデジタル会員証を導入し、店舗と自社ECサイトを横断したコミュニケーション設計にも着手しています。その狙いについて、中田氏は次のように説明します。
「もともと弊社は、ECサイトと実店舗の会員IDを別々に管理していたのですが、2020年に統合しました。以降、店舗でデジタル会員証を提示いただく際には、WebブラウザでECサイトにログインしマイページを開く仕様になり、多くのお客さまから『手間がかかる』とご意見をいただいていました。新規会員登録の際も、Webブラウザを開いて個人情報を入力しなければならず、店舗スタッフからは『時間がかかりご案内しづらい』との声もあがっていました。その課題解決のため、LINEミニアプリのデジタル会員証を導入。お客様はワンタップで簡単に会員バーコードを提示できるようになり、スタッフも入会の声かけがしやすくなったのです」
実際、LINEミニアプリ導入後、会員登録率は3倍に向上。店舗で商品を購入した顧客がECサイトでも商品を購入するケースが増え、EC売り上げの増加につながる好循環が生まれています。
「やはり会員登録の促進は、“店舗スタッフの声かけ”が最も効果的です。LINEミニアプリは普段使いなれているLINE上での展開ということもあり、万人が使いやすいUI(ユーザインターフェース)ですから、デジタルツールに不慣れな店舗スタッフでも、お客様に勧めることができます。それがお声がけの促進につながり、会員登録率の増加という成果になって現れているのだと思います」
いまではLINE公式アカウントの友だち数は、メルマガ登録者をしのぐ45万人まで増加。それにともない2021年と比較してLINE公式アカウント経由の売り上げは8倍にまで拡大しています。また、一配信あたりの売り上げも、メルマガよりLINE公式アカウントのほうが高くなっています。
「メルマガは主に、ECサイト経由で登録した高ロイヤリティ層が中心で、週4回の定期配信を行っています。反応率や遷移率はそれほど高くないものの、CV(コンバージョン)率が高いのが特長です。一方、LINE公式アカウントは、店舗を通じて登録したライト層のユーザーが多く、より気軽なコミュニケーションチャネルとして活用しています。このようなユーザー層の違いを踏まえ、LINE公式アカウントでは過度な配信によって煩わしさを与えないよう、あえて週1回の頻度に抑えています。にもかかわらず、反応率・遷移率ともに高く、特に遷移率においてはメルマガの4倍という結果が出ています」
クラスターごとにセグメント配信を実施
メルマガとLINE公式アカウントを効果的に使い分けている中川政七商店。配信において、どのような工夫をしているのでしょうか。
「実は当社では、商品の購入傾向に基づいてお客様をクラスター(=類似行動を示す顧客グループ)に分け、そのクラスターをベースに配信設計をしています。たとえば、『内祝い』クラスターのお客様は、購入回数と商品ジャンルの相関関係が明らかになっています。具体的には、①初回購入時はペアグラス、②2~3回目購入時は出産用品などのギフト品の購入が多い。さらに③4~6回目はタオルやサニタリー、④7回目以降はコスメといった自宅用品を購入される方が増えていきます。
この流れからは、『①結婚祝いを送ったら、とても喜ばれた。②だから、出産祝も同じブランドのものにしよう。③赤ちゃんに良い商品なら自分の肌に合うかもしれない。④いろいろ自分で使ってみよう』というストーリーが読み取れます。こうしたクラスターごとのストーリー(傾向)に合わせて訴求商品やコンテンツを変えるなどして、セグメント配信を行っているのです」
現在、クラスターはほかに「アパレル」「手土産」など計8つあります。そのクラスター分類を可能にしているのが、同社独自のブランディングソリューション「MONJU(モンジュ)」です。
「MONJUは、約100万人いる会員の行動データや購買データをもとに、統計学的手法を用いてクラスター分類をしてくれます。クラスターのバランス(人数)を調整することで、ブランドイメージをコントロールできるのではないか。そのような仮説に基づいて開発したシステムです。LINE公式アカウントの運用においては、MONJUと連携して、クラスターごとに件名、コンテンツ、レイアウトなどを最適化してメッセージ配信を行っています」
「例えばアパレルクラスタのユーザーに対し、他のカテゴリの商品を訴求することで、ブランド理解の幅を拡げ、クロスセルに繋げることも期待できます。こうした仮説に基づいて、目下、さまざまなテストを行いながらメッセージ配信を行っているところです」
メッセージは、カードタイプメッセージ(カルーセル形式)を3段重ねで配信。上段は「人気商品ランキング」や「定番商品」など、幅広いユーザーに読まれるもの。中段は「夏のくつした」「初夏の料理と工芸カトラリー」といった読み物系の特集。そして下段は季節の限定品や新商品の情報などです。
「当社の商品は、スペックや機能性というより、見た目の佇まいや直感的な印象に惹かれて手に取っていただくことが多いと思います。そのため、少しでも多くの商品画像を配信するのがベターで、それにはカードタイプメッセージが最適です。この視認性の良さもLINE公式アカウントの大きなメリットだと思います。また、LINE公式アカウントを経由したEC売上の60~65%がリッチメニューからの遷移です。メッセージ内容で商品を暮らしに取り入れたときのイメージを膨らませてもらい、リッチメニューボタンを押してECに移動してもらう。そんな流れができています」
EC購買平均ROAS 665%を記録。今後は生成AIの活用を加速
こうした効率的なメッセージ配信によってLINE公式アカウントのメッセージ配信経由のEC購買平均ROASは665%を記録(※2024年6月~2025年3月の数値より算出、同社調べ)。
目下、同社ではさらにメッセージ配信の効果を高めるために、生成AIを活用したクラスターごとのパーソナライズ配信に取り組んでいます。
「メルマガの開封率に直結する『件名』を人間と生成AIがそれぞれ作成し、約100万通の配信でABテストを実施しました。その結果は、開封率に大きな違いはありませんでした。ほぼ実用段階まで来ており、従来の半分ほどの労力でお客さまの状況に合わせた配信ができるようになりました。また従来の半分の労力で1本作成できれば、その分配信の種類を1パターン増やすことができます。これを繰り返していくことでよりお客さまにパーソナライズした配信ができると考えています。ただ、社員からみるとAIが作成した件名や文章にはやはりブランドらしさが感じられないことがあります。こういったトンマナ部分は最終的に担当者がチュー二ングすることで、よりお客さまに合わせながらもブランドらしい 、最適なコミュニケーションを追及していきたいと思います」
そして、最後に中田氏はAIへの期待をこう語ってくれました。
「AIの活用を進め、人間がマーケティングに割く時間を減らしていきたい。そして、その浮いた分のリソースを中川政七商店のビジョンである“日本の工芸を元気にする!”の実現により注力できる環境を整えていきたいですね。私自身もものづくりの現場を訪ねる機会を増やすなどして、ビジョンの実現に貢献したいと思います」
(公開:2025年8月、取材・文/相澤良晃、写真/慎芝賢)
本記事内の数値や画像、役職などの情報はすべて取材時点のものです
本記事内の実績は取材先調べによる数値です
| 企業名 | 株式会社中川政七商店 |
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| 所在地 | 奈良県奈良市
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| 事業内容 | 製造小売事業、産地支援事業
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| サービス | オンラインストア |